文:仲野由貴子
2025年5月12日、オンラインにて、トヨタ財団2024年度特定課題「外国人の受け入れと日本社会」に採択されたプロジェクト「高度外国人材とその家族の安心・安全な暮らしを支えるために‐保健医療職の意識変容を促す記事発信と調査に基づく教材開発」チームの勉強会を開催しました。
本プロジェクトは、代表・西村を中心に、多様な背景を持つ研究者や実践家が参画するチームで構成されており、2027年4月までの3年間の計画で取り組んでいます。
チーム始動後、初めての開催となる今回は「災害時対応」をテーマに、2名の外部講師と1名のチームメンバーによる講演とディスカッションが行われ、当日はメンバー9名を含む計12名が参加しました。
<概要>
講演1
「モバイルファーマシーを活用した能登半島地震支援派遣の記録」
鈴木高弘(横浜薬科大学 薬学部)
講演2
「『やさしい日本語』×防災合宿の報告
~多文化共生と『やさしい日本語』で築く避難所運営」
栗山こまよ氏
(道活 防災士・「やさしい日本語」講師)
講演3
「多文化共生と災害時対応
~被災地支援と平時のまちづくりをつなぐ視点~」
田村太郎氏(一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事)

<講演1>
はじめに、メンバーの鈴木が、モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)を活用した能登半島地震支援派遣の経験をもとに、都市部で大規模災害が発生した際に想定される課題について話題提供しました。
鈴木は、災害時に地域に薬局があっても薬剤師がいなければ薬を提供できず、薬剤師と共に被災地入りするモバイルファーマシーが大きな支援となると述べました。
一方で、モバイルファーマシーを運用する上での課題についても説明しました。被災地に入った薬剤師は、限られた環境下で体力的負担に加え、感染症のリスクや精神的ストレスにさらされるため、交代要員が十分に確保されていなければ長期間の運用は困難であると指摘しました。

また、支援者の立場から、モバイルファーマシーはあくまで一時的な支援手段であり、最終的には地域の薬局にその機能を戻す必要があると強調しました。被災地で地域薬局が本来担っていた以上のサービスを行うと、復興後にそのギャップが問題となり、薬局・利用者双方にとって望ましくない結果を招く可能性があると述べました。
その後、災害時のモバイルファーマシーの運用スキームや多職種支援者の交代体制に伴う課題、モバイルファーマシーの果たしうる役割の構想、情報管理や支援体制構築に関して、活発な質疑応答が行われました。
<講演2>
続いて、栗山こまよ氏が、兵庫県宍粟(しそう)市で開催された「やさしい日本語」を活用した防災合宿について報告しました。合宿は、AED講習会、防災講演、炊き出しを含む避難所体験の三部構成でした。
栗山氏は、宍粟市が人口約3万人の地方都市であり、若い日本人の流出が止まらず、地域の「若者」といえば外国人となる状況にあると説明しました。そのため、災害時には若い外国人の力が不可欠であり、多文化共生の観点を取り入れた防災講習・合宿が企画されたと語りました。
栗山氏が企画した「やさしい日本語」で作成されたAEDテキストは、日本人にとっても理解しやすい内容だったと報告されました。さらに、避難所体験から得た学びとして、「やさしい日本語」などの文字情報だけでなく、イラストや食品パッケージの提示による情報の視覚化や、指さし会話シートなど、多様なコミュニケーションツールの組み合わせが重要であると述べました。
一方で、食品ごみの処理方法やゴミ分別など、ルールとして共有すべき内容に地域差があること、個別支援における情報共有の難しさ、「やさしい日本語」の重要性を認識しつつも実際の運用が難しいことなど、課題も指摘しました。

また、合宿中の消灯時間や話し声が周囲の迷惑になるといった具体的な体験談は非常に興味深く、参加者は栗山氏の話に熱心に耳を傾けていました。日本人同士でも起こりうるトラブルや異文化理解の必要性について、さまざまな気づきを得る機会となり、「一緒に話し合うこと」「一緒に困ること」の大切さを改めて実感する場となりました。
<講演3>
最後に、田村太郎氏が、被災地支援の経験をもとに、災害時のみならず平時から多文化共生の視点でまちづくりを進める重要性について話しました。
田村氏は、近年の災害対応の課題として、「自助・公助・共助」の観点から、地域の高齢化に伴う支援人材の減少、体力のある男性を中心とした避難所運営、女性を中心とした仮設住宅での見守りといった構造があり、多様な支援ニーズに十分応えきれていない実態があると指摘しました。また、半年以上にわたって避難所から出られない人がいる一方、被災しても避難所を利用しない人もいることを挙げ、多様な避難生活のあり方を前提とした支援体制の必要性を強調しました。
災害発生後の多言語化の重要性はしばしば指摘されるものの、「災害が起きてから」では遅いと訴え、外国人住民が平時から地震の規模や避難情報の意味を理解していなければ、多言語化された情報が十分に機能しないと指摘しました。
さらに、外国人住民にとって「居住地の避難所に避難する」という考え方が必ずしも一般的ではなく、市境を越えて避難する可能性がある点にも言及しました。多言語表記には、外国人にとっては「自分の存在が認められている」と感じられる「承認効果」、日本人にとっては「この避難所には日本語話者以外もいる」と意識する「アナウンス効果」があると説明しました。
今後の災害対応では、地域に暮らす外国人を「支援の対象」の側面だけでなく、「支援の担い手」として捉え、「外国人が暮らしやすい地域は誰にとっても暮らしやすい」という視点でのまちづくりが求められることが、参加者と共有されました。

その後のディスカッションでは、外国人、高齢者、ペット連れなど属性ごとに分けて作成された避難所マニュアルの使いにくさ、知的資源を地域に広く普及させるための工夫、政府主導のガイドラインや通知が持つ影響力について、活発な意見交換が行われました。
多様な立場からの示唆に富んだ意見や、現場での知恵が数多く共有され、今後の活動への意欲が高まりました。初回の勉強会は、講師・参加者ともに議論が尽きることなく、盛況のうちに終了しました。
