株式会社こどもめせん 代表取締役/小児科専門医
「伝わらない」を子どものせいにしない
― 異なる「当たり前」をAIでつなぐ「こどもめせん」 ―
子どもに何度言っても伝わらない。自分が親からされたのと同じように、ちゃんとしつけているつもりだけれど、トラブルばかりで疲れてしまった……。そんなとき、私たちはつい「困った子ね……」と考えてしまいます。
しかし、困っているのはお子さんの方で、問題はお子さんに合っていない「伝え方」の側にあるのかもしれません。
小児科医の塙孝哉氏が開発した「こどもめせん」は、話した言葉をAIが解析し、発達障害のお子さんが理解しやすい形に変換してくれるアプリです。今回お話を伺って見えてきたのは、単なる「言葉のイラスト化」を超えた考え方でした。
聞き手は、本プロジェクト・リーダーの西村多寿子です。当プロジェクトでもAIを活用した教材・支援ツールの開発を進めており、塙氏の開発姿勢に強い関心を持っています。取材には、横浜市港北区地域子育て支援拠点「どろっぷ」のスタッフ2名もオブザーバーとして参加しました。
― まず、「こどもめせん」はどのようなアプリなのか、開発の背景とあわせて教えてください。
塙: 発達特性のあるお子さんの中には、聞いた言葉から頭の中に具体的なイメージを作ることが難しい方がいらっしゃいます。いまの社会の多数派の子育てが「ふんわりした曖昧な言葉で、言って聞かせる」ことで成り立っているために、周りが何を言っているのかよく分からず、社会の中に入っていくところでつまずいてしまう。
でも、くっきりイメージできる具体的な言葉で話しかけられたり、音声だけに頼らずイラストを併用して見せてもらえたりすると、周囲でどんなコミュニケーションが行われているのか分かるので、自分で動いたり意思表示したりできるお子さんも、実はたくさんいらっしゃるのです。
「こどもめせん」の実際の画面の例


これまでの医療でも、具体的な言葉で伝える練習は「ペアレント・トレーニング」と呼ばれる子育て講座でたくさん行われてきましたし、目で見る方が得意なお子さんには「絵カード」を併用しましょうとアドバイスされてきました。全世界的な標準医療でも、発達特性に対するお薬はあくまでも補助という扱いであって、「飲んで治す」のではなく「周囲の環境を整えて、そのお子さんが困らず自己実現できるようにする」というのが本道なのです。
ただこれって、診察室で一瞬だけアドバイスするのは簡単でも、毎日実践するには超絶技巧がいるんですよ。まず頑張って、大量の絵カードを準備しなくちゃいけないし、出かける先にも常に持ち歩かなくちゃいけない。そして、必要なときに自身の関わりを客観視しながら、パッと一瞬で適切なカードを取りださなくちゃいけない……。こういう関わりをしてもらえたお子さんはとてもラッキーですが、残念ながらみんながみんな、そういう環境を享受できる訳じゃない。そこでAIに伴走してもらえばいいのではないか、と作ってみたのが「こどもめせん」です。
― AIが伴走すると、どんなことが起きるのですか。
塙: まだ見ぬ世界線なので、アナロジーでの説明になってしまって恐縮ですが、近視の方に対する、今のメガネみたいな感じにしたいと思っています。
― 近視に、メガネ?
塙: そう。近視の方々って、いわば「見たものが、ぼやけやすい」方々ですよね。で、メガネがラッキーな人にしか手が届かない贅沢品だった頃は、そのような方々の就学や就労には著しい社会的制限があった。でも、メガネという伴走装置が当たり前に普及したことで、近視の方々も、生き生きと学校に行ったり仕事をしたりできるようになりました。
だから「聞いたことが、ぼやけやすい」方々にも、同じようにアプリがあればいい。ぼやけないで外界と情報をやり取りできる手段が、ラッキーな人だけの贅沢品じゃなくて、当たり前のコモディティになれば、発達特性のあるお子さんたちも、もっと自己実現しやすい世の中になると思っています。
― 「聞いたことが、ぼやけやすい」とは、どういうことでしょう。同じことを伝えるにも、発達特性のあるお子さんに分かりやすい表現と、そうでない表現があるということですか?
塙: まさしく! そこがこのアプリの最大のポイントです! 単に「0.7秒で、AIのイラストが出てくる」というのではなくて「その言い回しが本当に、発達特性のあるお子さんにとって分かりやすいか」話し手の方に気づいていただけるよう心を配っています。
医療の世界にはもともと「絵になる言葉は、伝わる言葉」という名言があるんです。自閉スペクトラムのお子さんはしばしば、言われたことを言葉通りに解釈するので、文脈によって意味が変わってしまう曖昧な言葉は、お子さんを困らせてしまいやすいんですよ。
たとえば、多数派の大人はよく、「ちゃんとして」とか「お行儀よくして」とか「気をつけて」とか言いますよね。でも「ちゃんとする」で「ネクタイを締めたサラリーマンのイラスト」を出したり、「お行儀よくして」で「お茶室で正座している着物の女性のイラスト」を出したり、「気をつけて」で「両手を広げてバランスを取りながら綱渡りしている曲芸師のイラスト」を出したりしても、お子さんには伝わらないんです。
― 「気をつけて」のような言葉を入力すると、AIがそれらしいイラストを出してくれるわけではないのですね。
塙:そのとおりです。いま例に出した「気をつける」は、「廊下は歩く」とか、「歯を磨くときは座る」とか、「いれたてのほうじ茶は5分後に飲む」とかいう、多様な行動の集合体ですよね。でも、言外の状況から相手の意図を補って理解するのが難しい場合、いつまでたっても、何が適切な行動なのか分からない。だから、「こうしてほしい」という行動を一つずつ具体的に伝える必要があります。
こどもめせんのAIは、「気をつけて」という表現を、あえて絵にしないようにしてあるんです。綱渡りのイラストとか出してしまうと、話している大人が、その絵で「伝えた気になってしまう」から。曖昧な言葉は、あえて「絵にしない」ことで、発達特性のあるお子さんの世界の見方に気づくきっかけにしていただきたい。だから「こどもめせん」なんです。
そして実際に表示するイラストも「大人が魅力的に感じるもの」という基準ではなく「発達特性のあるお子さんに伝わるもの」という基準で調整しています。世の中の生成AIイラストはたいてい、余計な情報が多すぎるんですよ。「窓を開けてください」という指示のとき、窓の下にチューリップの花壇が描かれていたら、ADHDのお子さんは「わー、チューリップだ!」と注意がそっちに向かってしまう。「何を描くか」より「何を描かないか」が大切なことが多いです。
― 実際に使ってもらって、初めて分かることも多そうですね。
塙:そうなんです。利用者の方々から、ハッとするようなフィードバックをいただくことは、多々あります。「こういう絵がほしいです」とか「この絵ではこんなことが起きました」という連絡が毎日のように届くので、それを受けてイラストを追加したり、機能を調整したりしているんですよ。開発当初には思ってもいなかったような発見を沢山させていただきながら、少なくとも2週間に1回はアップデートをしています。
たとえば、分かりやすいところで言うと、アプリを香川県の特別支援学校で導入していただいたとき、真っ先に来たリクエストは「『かまたま』と『ぶっかけ』がないと困る」でした。高校卒業まで新潟で過ごした私は蕎麦の文化圏なので、「なんだそれは!?」と(笑)。私が「うどん」で十分だと思っていたところが、「かまたま」とか「ぶっかけ」とかに精緻化されていくわけですよね。「『かまたま』のイメージって、これで合ってますか?」みたいな感じで、香川の方々とやりとりしながら一つずつうどんを増やしました。


あと、この「車に乗る」なんかも、象徴的ですね。当初はこんな感じのイラストだけだったんですよ。「車」と「乗る動作」が分かりやすいように、男の子は手前側で大きく描いていた。でもそしたら、ある車好きの少年のお母さまから、これでは困るってリクエストが来たんです。何だか分かりますか?
― 何でしょう?
塙:「後部座席に乗る絵を作ってほしい」って仰るんです。そのお子さんはドライブが大好きだけど、助手席に乗ると興奮してハンドルとかに手が伸びてしまうので危ない。だから後部座席に案内したいのだけど、このイラストだと助手席に乗れると思ってぬか喜びしてしまうから、後部座席に乗る絵じゃないとダメなんだと。
言われてみれば、たしかにこの絵は助手席に乗る情景ですよね。でもそのエピソードを教えていただくまで、私は「そこの区別が重要かも」なんていう発想には、全く至れていなかった。だけどそのお子さんの立場から見れば、「助手席に乗れると思って楽しみにしていたのに、話が違うじゃないか!」ということなんですよね。そこで後部座席に乗ることが伝わるようなイラストも追加しました。
そしたらこの前、茨城県の特別支援学校で、ふとこのイラストを出したところ、共感と大絶賛の嵐だったんですよ。ベテランの支援者の方々が口をそろえて、そうそう助手席と後部座席の区別はとっても大事だ、とか、私も助手席問題で苦労したことがある、とか……。関わっておられるお子さんは全く異なるけれど、共通するパターンは世の中にたくさんある。


― ひとりのお子さんのために追加したイラストが、別の地域の別のお子さんの支援にも役立つのですね。
塙:そうなんです。困った場面に遭遇された方は、その課題について、ある意味で「課題の先進地」にいらっしゃるんですよ。だからそれぞれの現場でお子さんと向き合いながら得られた気付きが共有されることで、そのお子さんだけじゃなくて、みんなが幸せになれるはずだと。人間の時間は有限だけれど、情報やノウハウは複製してシェアできますからね。
いま困っておられる方が、開発者にリクエストをすると、アプリにイラストや機能が増える。それは時間や空間を超えて、きっといつか、ほかのお子さんや親御さんを助けるに違いない。画像生成や自然言語処理のAIは、そういう助け合いの連鎖を、仲立ちする装置にすぎません。
だから私が重視しているのは、アプリ全体の絵柄をおしゃれに統一することではなくて、いま困っておられるその現場の、そのお一人のお子さん――そのお子さんの役に立ったか、立たなかったかだけです。実際に使ってみて、「これでは困る」と仰るお子さんがおひとりでもいらっしゃったら、そのお子さんに役立つまで何回でも試行錯誤を繰り返す。そういう作り方をしています。AIをご一緒に開発している……というか、AIを育てていただいている、という感覚に近いですね。
(【後編】につづく)
塙孝哉(はなわ・たかや)
新潟県立新潟高等学校出身。東京大学医学部医学科卒。小児科専門医。昼夜逆転・不登校だった弟の一助になればと、学部時代に所属した睡眠の研究室で、プログラミングに出会う。以降、東京大学医学部附属病院小児科助教等、小児科医としての臨床業務と、プログラマ・AI研究者としての社会実装活動(IT・AIの強みをいかして医療現場をよりよくする活動)を続け、子どもたちの役に立つ取り組みを加速させるべく、2025年5月に株式会社こどもめせんを創業。

