文:仲野由貴子
2025年8月5日、オンラインにて、トヨタ財団2024年度特定課題「外国人の受け入れと日本社会」に採択されたプロジェクト「高度外国人材とその家族の安心・安全な暮らしを支えるためにー医療福祉職の意識変容を促す記事発信と調査に基づく教材開発」チームの勉強会を開催しました。
本プロジェクトは、代表・西村を中心に、多様な背景を持つ研究者や実践家が参画するチームで構成されており、2027年4月までの3年間の計画で取り組んでいます。
今回は「多文化共生に未来はあるか ー教育・行政手続き支援・AI技術の挑戦ー」というタイトルで、1名の外部講師と1名のチームメンバーによる講演とディスカッションが行われました。当日は、メンバーやプロジェクト関係者を含む計12名が参加しました。
<概要>
講演1
「外国にルーツを持つ子ども」
山田 拓路 氏(認定NPO法人メタノイア 代表理事)
講演2
「AI時代における医療通訳の新たな価値創造:外国人患者対応と医療ビジネスの展望」
川﨑 健 氏 (コニカミノルタ株式会社)

<講演1>
はじめに、認定NPO法人として日本語教育・保育に携わりながら、行政書士として日本に住む外国人の在留資格に関する業務を行っている山田氏より、「外国にルーツを持つ子ども」がぶつかる3つの壁(言葉の壁、制度の壁、心の壁)の中から、言葉の壁 と 制度の壁 について話題提供がありました。
活動の始まりは、日系フィリピン人家族が多く暮らす岐阜県で、親の夜勤勤務や子どもの日本語力不足が重なり、健康を害していた子どもたちへの支援でした。これを改善するため、フィリピンの子ども向け保育所を設立。その後、拠点を東京に移し、子どもの日本語教室、家族向け日本語教室、進路や在留資格相談などを行っています。日本語教室では、絵本の読み聞かせや工作、遊びを通して学びを促進し、日本語レベルが近い子ども同士が交流できる場を提供。友人づくりや居場所づくりに繋げています。
山田氏は、日本語力不足による学習の遅れが高校進学や中退、大学進学に影響している現状を示しました。日本語指導が必要な生徒(外国人等)を全生徒(日本人を含む)を比較したところ:
- (中学生の)高校非進学率:9.7 %(日本人を含む全生徒は 1.0 %)
- 高校中退率:8.5% (日本人を含む全生徒は 1.1 %)
- (高校生の)大学非進学率:53.4 %(日本人を含む全生徒は 25.0 %)
と、日本人を含む全生徒と比べて大きな「進学格差」があることを指摘しました。(文部科学省「日本語が必要な児童生徒の受け入れ状況等に関する調査(令和5年度)」より)
また、東京都の外国人枠入試は240人の定員に対して481人が応募し、倍率が2倍を超える状況にあり、多くの外国人生徒が希望校に進学できない現状も紹介。さらに、「家族滞在」在留資格を持つ子どもたちは原則就労できず、進学や就職の選択肢が限られること、この資格が外国籍の子どもの約4割を占めることにも触れました。

一方で、近年は政府系奨学金の条件拡大や在留資格変更制度の改善など、前向きな変化も進んでいることを紹介しました。
質疑応答では、活動資金の調達、在留資格の切り替え手続き、日本に来る外国人家族の増加背景などについて、活発な議論が交わされました。
<講演2>
続いて、当プロジェクト・メンバーの川﨑から、AIの進展による医療通訳・翻訳の役割変化について、サービス開発・マーケティングの観点から解説がありました。
まず、生成AIやMTの台頭を、イノベーションのジレンマにおけるローエンドの仕事から奪っていく脅威 として例えました。さらに、医療通訳・翻訳の医療ビジネスとしての価値の再定義の必要性を訴えました。単なる言語変換ではない、AIには代替できない価値を考え、ビジネス視点としての顧客のWTP(Willingness to Pay:顧客が支払ってもよいと思う最大金額)や顧客数の向上を市場選びから再検討する重要性を説きました。
また、AIは医療通訳・翻訳の仕事を奪う脅威の側面としてだけでなく、これまでサービスを利用することのなかった潜在層を市場に取り込む市場拡大の起爆剤としての一面が期待できることを、過去の事例を通じて紹介しました。

医療通訳・翻訳のビジネスの今後の方向性としては、専門性や創造性を発揮できる分野や適応力・人間性の重視されるシーンに特化することで、顧客のWTPが高められる可能性があると述べました。
生成AIやMTの浸透により、粗訳や情報収集領域では顧客のWTPが低下します。一方、正確さや法的リスク回避、意図や文化をくみ取る高度な訳出、非言語要素を含めた交渉通訳などでは、WTPが維持〜上昇する傾向にあります。
医療分野はまさに後者に該当し、AIだけでは埋められない「外国人患者と医療関係者の理解の壁」を取り除くことが、新たなミッションになると強調しました。
通訳・翻訳ビジネスを考える上で、市場規模の把握は不可欠です。公開されている市場調査によれば、日本国内市場は世界市場全体の約5%に過ぎず、国外市場にこそ95%のニーズが存在すると推定されています。ビジネスの戦略からは、国内での市場適合性を検証した後、国外への展開を視野に入れる必要性を指摘しました。
その後のディスカッションでは、医療福祉分野における持続的な支援体制、ボランティアと有償サービスの関係、公的資金の役割などについて、多様な立場から意見が交わされました。熱意と善意で活動を続ける人々への敬意が示される一方、活動を長く続けるためには、政策提言やビジネス的な視点、市場規模を踏まえたモデル構築も欠かせないとの認識が共有されました。
盛況のうちに終了した本勉強会は、外国人家族が直面する教育・制度・言語の課題と、AI時代の医療通訳の在り方を具体的なデータと実例で共有する貴重な機会となりました。
