文:仲野由貴子
2025年10月14日、オンラインにて トヨタ財団2024年度特定課題「外国人の受け入れと日本社会」に採択されたプロジェクト「高度外国人材とその家族の安心・安全な暮らしを支えるために‐保健医療職の意識変容を促す記事発信と調査に基づく教材開発」チームの勉強会を開催しました。
本プロジェクトは、代表・西村を中心に、多様な背景を持つ研究者や実践家が参画するチームで構成されており、2027年4月までの3年間の計画で取り組んでいます。
今回は「分断の時代に寄り添う-SNS・支援・コミュニケーションのこれから-」をテーマに、1名の外部講師と1名のチームメンバーによる講演とディスカッションが行われました。当日は、メンバーや関係者を含む計14名が参加しました。
<概要>
講演1
「分断の時代に寄り添う ―SNS・支援・コミュニケーションのこれから―」
吉水 慈豊 氏(NPO法人日越ともいき支援会 代表理事)
講演2
「ヒトの進化の観点から考えた排外主義への対策」
小松 正 氏 (小松研究事務所・多摩大学情報社会学研究所客員教授)


<講演1>
ベトナム人の命と人権を守り、ともに生きる社会の実現を目指して活動している「NPO法人日越ともいき支援会」の吉水氏が、外国人労働者支援の現場の実態、SNSを活用した支援の可能性と重要性について、お話しくださいました。
吉水氏は、物心ついた頃から、ベトナム人は家族のような存在だったと言います。僧侶である吉水氏の父が、ベトナム戦争中に留学支援をはじめ、お寺兼自宅の離れには、ベトナム人僧侶が常に数名暮らしていたそうです。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の際に、被災した在日ベトナム人約80名をお寺に受け入れました。これをきっかけに、父のサポート役として、病院への付き添いや行政関連の手続きの手伝いなどを始めます。また、日本で亡くなったベトナム人の葬儀や遺族への遺骨引き渡し活動に関わる中で、お寺の位牌堂に並ぶ労働者の位牌の数が増え、特に若年者が多いことに気づきます。勤務中の事故だけでなく自死もあることを知った吉水氏は、命と人権を守る活動を本格化させました。
2020年に設立された日越ともいき支援会の活動は、SNSによる情報発信のほか、住居や就労先の確保、帰国困難な若者たちの保護、日本語学習支援、妊産婦支援など多岐にわたります。今回は、その中でもSNSによる発信と、SNSを通じて繋がったベトナム人への支援活動が紹介されました。

支援におけるSNSの重要性として、①若者の使うツールを発信者側も活用する意義、②一方通行にならない支援の必要性、が述べられました。ベトナム人の若者の多くに利用されているTikTokで情報を発信し、法人のFacebookを紐づけておくことで、困ったときに相談窓口にアクセスしやすい環境を整えています。
Facebook(Messenger) には日々多くの相談が寄せられます。そこから何に困っているのか、何が必要とされているのかを把握し、TikTokでの発信内容に反映させるという循環を作っています。TikTokの動画作成には、青年部の若者たちが活躍しているそうです(写真はTiktokのトップ画面)。さらにXでは、活動内容を発信するなど、それぞれのSNSの特徴に合わせて活用していることが紹介されました。
今後もSNSを活用した支援を通じて、言語的ハードルを下げ、デジタルリテラシーに合わせた相談体制を整えること、文化や心理的安全性に配慮した支援の必要性が強調されました。
また、コロナ禍に就労に関する問題が多く発生する中で、労働組合「連合ユニオン東京・ともいきユニオン」を結成し、NPO法人だけでは対応が難しい労使問題にも取り組んでいる、という話もありました。

その後の質疑応答では、地域との連携、働いている外国人が相談できる支援体制の整備の必要性について、活発な議論が行われました。Messengerからの相談が夜間に多い現状を踏まえ、「本当に困っている人の対応が9時~17時のオフィスアワーだけでよいのか」という問題提起もありました。
参加者からは、吉水氏の著書『妊娠したら、さようなら』(集英社 2024年10月初版)の感想が述べられ、母子保健に関わるメンバーを含む当プロジェクトとの連携の可能性を模索したいとの声も上がりました。
<講演2>
続いて、当プロジェクトメンバーの小松氏が、「ヒトの進化の観点から考えた排外主義への対策」をテーマに、生物学的知見から排外主義の発生原因、対策について話題提供を行いました。小松氏は、生態学・進化生物学を専門とし、近年は人間行動進化学や進化心理学にも取り組んでいます。
プレゼンテーションは、主に4つのトピックで構成されていました。 1)行為を基準にする運用フレーム、2)進化的ミスマッチの概念、3)認知設計による納得できる伝え方の工夫、4)対策の社会実装方法、です。
小松氏は、「人を見るのではなく、行動を見る」、すなわち日本人か外国人かではなく「行為を基準にする」考え方の重要性を強調しました。制度設計においては、行動に基づいた公平な判断基準を設けるべきであり、脅しや暴力、窃盗、詐欺などの明らかに不適切な行為を基準にすべきだと述べました。また、うっかりミスと故意の行為、一回限りの過ちと繰り返される行為を区別することの重要性も指摘しました。
さらに、行き過ぎた対応を避け、やり直しの機会を提供する仕組みの必要性を説明しました。処分の記録を残し第三者が確認できるようにすること、早期に問題に気づいて対話や研修を通じて立て直す仕組みを整えることが重要だと述べました。
次に「進化的ミスマッチ」という概念を紹介しました。
これは、人間の脳の仕組みが狩猟採集時代(約100人規模の集団で生活していた時代)からほとんど変わっていないのに対し、現代社会では何万人もの知らない人と情報共有する環境になっているというギャップを指します。
知らない人を警戒する認知特性は元々命を守るために必要だったものですが、現代社会ではこれが誤作動を起こし、誤解や対立を生むことがあります。

小松氏は、人間の認知特性を否定するのではなく、環境設計によって誤作動を防ぐアプローチを提案しました。「認知設計」として、人間の認知特性に合わせた伝え方の工夫を4つ提示しました:
- 手続きを見える形にする:判断の流れや不服申し立ての方法を図などでわかりやすく示す
- 結果を“文脈”で伝える:個別のトラブル事例だけでなく、全体の中での位置づけを示す
- 伝え方の“枠組み”を変える:「仕事を奪われる」ではなく「一緒に地域を支えている」と伝え、協力の成功事例を共有する
- 怒りの連鎖を防ぐ:事実を早く正確に発信し、SNSなどで一呼吸置く仕組みを導入する
これらの工夫により、信頼関係を構築し共生を促進できると説明しました。
さらに、「これらの対策の社会実装」として、海外(特に米国や英国)で行われている「行動科学ユニット」の導入が提案されました。これは、人の心理や行動に関する知見をもとに制度や政策を改善する組織であり、日本でも環境省などで小規模に始まっていますが、さらなる拡大が必要だと述べました。
小松氏は、小さな取り組みから始め、データをもとに効果を検証し、成果のあった事例を広げていく手法を推奨しました。また、行動経済学に加えて人間行動進化学の視点も取り入れ、学術研究と実践現場をつなぐ重要性を強調しました。
そして、人間の特性を変えるのではなく、伝え方や仕組みを変えることで、誰もが安心して共に生きる社会を築ける可能性があるとまとめ、「Science for Trust ― 科学で信頼をつくる社会へ ―」の言葉で講演を締めくくりました。
盛況のうちに終了した本勉強会は、参加者がSNSの可能性と限界の両方を知る機会となり、SNS活用の成否が今後の日本における外国人支援の試金石になると感じさせる内容でした。
