ある日、都市部の支援団体から「引越し手続きのため、地元で支援できる人を探している」との連絡を受け、外国人女性を紹介されました。その後の支援の中で、数年前のがん治療費の支払いが滞っていることへの対応も必要なことがわかり、病院への同行を依頼されました。
本人は永住者で、当時は働いておらず、夫と10代の娘と暮らし、近所に住む親族と助け合いながら生活していました。私は病院に同行し、病状や支払いについての病院側との話し合いに立ち会いました。がんはすでに寛解していましたが、経過観察や未払い治療費の対応を含めて、引き続き通院するように勧められていました。
病院側は、無理のない分割払いを丁寧に提案し、本人も一旦は了承しました。しかし、その後も支払いはたびたび滞り、継続的な支払いには至りませんでした。生活の様子からは「支払えない」というよりも、家族で協力して負担する姿勢が乏しく、車の購入や帰国、仲間とのパーティ参加などが優先されているように見受けられました。本人自身も、病気の回復に安心し、治療費の重みを深刻には受け止めていない印象でした。

一方で、病院側も思いが十分に伝わらず戸惑っていました。たまたま同じ言語を話せる別の患者さんが通訳を担ったこともあったそうです。言葉の壁だけでなく、価値観の違いが信頼関係の構築を難しくしているように感じました。
この支援を通じて、支払いの優先順位や「公的な義務は果たすべき」とする感覚は、日本の常識であっても必ずしも共有されるわけではないことを実感しました。悪意ではなく文化や生活感覚の違いと捉えることで、相手に届く言葉を探す視点が必要だと学びました。
(愛知県 外国人支援団体 ウルラ)
本コーナーでは個人の体験を尊重し、支援を受ける方々のプライバシーに配慮するため、執筆者の情報は「都道府県」「職種」「ハンドルネーム」のみを掲載します。また、支援場面によっては、医療福祉職などの専門資格を有していても、業務としてではなく、友人や知人として関わったケースも含まれます。
今後は、現場での気づきや実践を共有してくださる方々からの投稿を募集していく方向で検討しています。多文化ケアに関心を寄せる皆様の声をお待ちしております。
